網膜色素変性 |
網膜色素変性 pigmentary degeneration / retinitis pigmentosa
網膜色素変性(retinitis pigmentosa:RP)は、視細胞および網膜色素上皮細胞を原発とした進行性の広範な変性がみられる遺伝性の疾患群である
( 日本眼科学会).
視細胞と網膜色素上皮細胞に特異的に発現する遺伝子異常のため,構造的あるいは機能的な異常蛋白が造られる.これらが視細胞の光信号伝達や視物質のリサイクルに異常をきたし,視細胞のアポトーシスを引き起こすと説明される.
発症遺伝子の塩基異常は多岐にわたり,多様な臨床所見を呈する(個人差が大きい).原因として知られている遺伝子の約8割は
繊毛 の発生や機能に関する遺伝子であると報告されている.
緑内障,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性に並び成人中途失明原因の上位を占める.世界的には5000人に1例ほどの発症頻度となる.
定型的には,病初期から杆体の変性が現れ徐々に錐体の変性が生じる.これにより,進行性の視覚障害(夜盲,視野障害,視力低下など)を示す
ジストロフィ retinal dystrophy とは遺伝子異常により組織代謝が正常にならず,進行性に緩やかに破壊される原発性網膜変性である.
【 写真で確認 】
自覚症状は夜盲で始まり,徐々に視野狭窄(輪状暗点)と視力障害が進行する.
端的には,杆体障害に因る夜盲と視野障害,錐体障害に因る視力障害と色覚異常である.
❶夜盲:夜間や暗所での視力低下や,暗順応の遅延は最初に現れる症状の一つであるが,発症時期はさまざまである.経過とともに進行する.
❷視野障害:中間周辺部視野の障害は成人になって自覚する例が多い.視野の欠損はより周辺に広がっていくとともに,中心近くにも及ぶ.多くは左右対称性の変化を示す.
❸視力障害:求心性視野狭窄の状態でも,中心視力は比較的最後まで保たれる.錐体障害は通常40代以降になり,視力低下が表われ,最終的には失明に至る.
❹その他:
・後天性色覚異常
・羞明,昼盲,霧視
・光視:視力障害が顕著になるとともに,外界と関係なく色のついた光や点滅する光のようなものを感じることがある.一過性のものもあれば,終日続くものもある.人物の顔や動物などの幻視が現れることがある(Charles Bonnet症候群).
眼底所見は粗造(糙)化〜色調異常,網膜血管の狭細化,骨小体様と言われる色素沈着,視神経乳頭の黄色萎縮が特徴である.網膜色調の変化は視細胞(外節)の再生能と色素上皮細胞の貪食能の異常のためで,一般に後極部より外側の赤道部にかけての中間帯に顕著である.初期変化が血管アーケード付近に始まるようにみえるのは,杆体細胞の密度が高い部分であるからといわれる.検眼鏡的に色素斑がわずかな病態が,無色素性 retinitis pigmentosa sine pigmentoである.
乳頭ドルーゼンを生じることが多い.視神経萎縮は,神経節細胞の変性に始まり上行性に進行する.これらのことが,蝋(蠟)様萎縮を呈する一因となる.
硝子体中には色素の粒がみられる.遊離したメラニン色素顆粒,色素上皮細胞,ぶどう膜由来メラノサイト,およびマクロファージ様細胞で構成される微細な粒子で,硝子体全体に均一に分布する.
OCTでは視細胞外節の消失が証明される.色素上皮細胞はほどほどに保存されるが,ある程度以上で高反射に出るのはBruch膜しか残っておらず,相対的に強くなった脈絡膜信号を示している.
【
OCT 】
眼底自発蛍光では
【
FAF 】
☑ 本症では脈絡膜血流が異常に多い,とのこと.視細胞の変性萎縮により過剰になった酸素供給の結果が,網膜血管狭細化であるとの解釈がある.研究者によると,ERG律動様小波がよく保存される根拠としている.
ERG(Electro Retino Gram)検査では早期から平坦型(電位変化の消失)となり,眼底所見よりも有力な診断的根拠とされている.ただし,例によって一律ではなく,杆体系ERGの減弱・消失が先行し,ある程度進行するまで錐体系ERGは比較的残存している(杆体ジストロフィと呼ぶ理由の一).一般的には定型RPでは消失型を示すが,非定型RPでは消失型ではなく,わずかに反応が記録されることが多い.
EOG(Electro Oculo Gram)検査では ・・・・・
光覚検査を行うと錐体の暗順応曲線のみが記録される.閾値が下がらないということは暗所で感度が上がらない,すなわち夜盲を示している.
【
網膜電図
∕
夜 盲 】
動的量的視野検査:Goldmann型視野計は,病初期の視野狭窄のスクリーニングに有用であるとともに,周辺部を含めた視野全体の状態の把握ができるため,視野障害の程度判定に用いられる.
静的視野検査:中等度以上に進行した症例において,視野変化を定量的に求めることに適している.
合併症
・黄斑病変:血液関門機能低下に因る浮腫,とくに囊胞変性
・白内障:後囊混濁は特徴的で,約25〜40%の患者に認められるとのことである.クリスタリン蛋白の変性凝集体といわれる.
・後部硝子体剝離:血液関門機能低下を含む網膜の代謝障害の結果 ・・・・・
参照 ⇔ エッセンシャル眼科学 第8版 314ページ:網膜色素変性
非定型RP
・無色素性網膜色素変性:定型RPでの初期病像とされる.
・白点状網膜炎:多数の孤立性白点と共に,進行性の視機能異常を示す.RLBP1遺伝子
・区画型網膜色素変性:検眼鏡的には部分的な色素変性所見を示すもの.機能的には網膜全体の異常がある.表現型の多様性による,と説明される.
・中心型網膜色素変性:後極部に所見が強い.黄斑部障害が前面にあるが,ERGでは杆体障害が優位(色素変性の定義)である.
・片眼性網膜色素変性:純粋に片眼.遺伝性は否定的.
・傍網膜静脈色素性網脈絡膜萎縮:網膜周囲病変でありながら静脈自体に異常がない.なんらかの遺伝性ジストロフィに矛盾しないが,臨床像は多様である.EOGでは高浸透圧応答が著明に障害される.L/D比が低下する症例が多い.
・
錐体・杆体双方の機能喪失が高度で,全身症状を伴う点で区別される.常染色体劣性遺伝形式.
・全身疾患に合併(下記)
類縁疾患 allied diseases
【
遺伝性その他の類縁疾患 】
先天性,特に遺伝的原因で網膜脈絡膜萎縮をきたす状態が「ジストロフィ dystrophy 」である.たいてい検眼鏡所見のほか,光覚障害,視野障害,後天色覚異常,視力障害,電気生理学的異常などで「網膜色素変性」と共通〜言い換えると鑑別〜点があることで,類縁疾患として説明される.
症候群 | 遺伝子名 | 色素変性以外の臨床症状 |
---|---|---|
Bardet-Biedl | 多指症,肥満,糖尿病 | |
Bassen-Kornzweig | 運動失調 | |
Batten病 | 視力障害で初発, 歩行障害,てんかん,言語障害,精神発育遅延, |
|
Cockayne (タイプⅠ〜Ⅲ |
ERCC6 (75%の症例), ERCC8 (25%の症例) |
小人症,小頭症,難聴,知能低下,視神経萎縮,白内障 |
Hallgren | 運動失調,知能低下,難聴 | |
Hunter | ||
Hurler | ||
Kearns-Sayre | ミトコンドリア | 進行性外眼筋麻痺, |
Laurence-Moon-Biedl | 肥満,知能低下,多指趾症,性器発育不全 | |
Refsum | 小脳症状,難聴,白内障 | |
Sanfilippo | ||
Scheie | ||
Tay-Sachs | ||
Usher (タイプⅠ〜Ⅳ |
難聴,前庭機能障害 | |
Vogt-Spielmeyer病 | ||
脊髄小脳変性症 spinocerebellar degeneration |
SCA1(6p22-23, SCA2(12q23-24, 14q,9q, など |
運動失調 |
読み方
Bardet-Biedl ⇒ ばるで びーどる
Kearns-Sayre ⇒ かーんず せいやー
Cockayne ⇒ こけいん
Laurence-Moon-Biedl ⇒ ろーれんす むーん びーどる
Usher ⇒ あっしゃー
補足:
本症の模式的考え方
光刺激は視色素を分解(レチナール retinal+オプシン opsin)し,膜電位の変化により視覚を発生する.暗所では視色素が再生され次の光刺激に備える.
【
光受容とは 】
色素変性では視細胞(外節)の構造異常・代謝異常のため,一方で色素上皮細胞障害は杆体視色素のリサイクルに影響し,視細胞の保護・視色素の回復活性化・光情報伝達等が不良となる.これらにより,まず光の受容がうまくゆかず従って網膜電図が反応しない.杆体は暗所視の機能であるから,夜盲となる.
リサイクルされない成分は色素上皮細胞で処理されるが,貪食機能の限界を超えると未消化の外節成分を含んだ色素上皮も変性が及び,網膜が荒廃する.
病勢の進行と共に杆体(rhodopsin)の変性から錐体(cone opsins あるいは photopsins.rhodopsin と共通部分は40%)の変性も進行し,中心視力低下をきたすようになる(杆体‐錐体ジストロフィ).
網膜細胞は
【
視細胞 】
病理組織学的にはまず杆体細胞の外節が変性し,ついで内節も変性する.さらに外顆粒層(視細胞の核が存在)の配列が乱れ,核が徐々に減少して外顆粒層は菲薄化する.網膜内層は初期にはほとんど変化は見られないが,外顆粒層が消失する頃になると内顆粒層の配列も乱れてくる.神経節細胞層や神経線維層は比較的末期まで保存される.
病状が進むと,錐体細胞も障害される.赤道部に始まった網膜変性は後極部へ,周辺部へと広がる.視細胞が変性した部では,網膜色素上皮層にも変化が生じる.網膜色素上皮細胞が変性し消失した部と,増殖した部とが存在する.網膜色素上皮細胞が消失した部位では,グリア細胞の突起がその部を埋める.増殖した網膜色素上皮細胞およびマクロファージが網膜中に遊走して,血管とくに静脈周囲に集まる.網膜の血管は内皮細胞や周皮細胞を失い,硝子様変性に陥る.その結果,動脈,静脈ともに管壁が肥厚し,内腔は狭細化する.網膜前増殖組織が形成されることがある.脈絡膜血管は,初期には異常はないとされるが,末期例では,毛細血管板は減少する.
網膜代謝のメンテナンスはマイクログリア 小膠細胞 による.本症では視細胞外節近辺へのマイクログリア遊走は例外なく観察されるそうである. 変性した視細胞の貪食による過剰炎症が悪循環となっているとの観点で,治療へつながるマイクログリアのコントロールが研究されている.
わが国での遺伝形式は,常染色体劣性(47.6%)・常染色体優性(17.3%)・X染色体連鎖性(0.5%),34.6%が遺伝形式不明ないし孤発(血族関係の中で同類疾患がない)例である(1992).そのほか 2 遺伝子性が知られている.X連鎖性が最も進行が速く重症,ついで常染色体劣性であり,常染色体優性と孤発例は障害が軽い.ミトコンドリア遺伝もある.
初発(夜盲の自覚)は,常染色体劣性型では10~11歳,常染色体優性型では23~24歳とのことである.
患者への診断の告知と遺伝カウンセリングは,極めて重要でありながら難しいファクターとなっている.
右家系図で[ = ]は近親結婚を,[ ・ ]は保因者を意味する.
代表的な異常遺伝子は
常染色体優性遺伝
・RP1(酵素調節タンパク
・RHO遺伝子・・・ロドプシン遺伝子(視紅タンパク;杆体の光覚スィッチ).常染色体優性遺伝形式の25~30%.常優常染色体優性停止性夜盲にも関連.3番染色体長腕(3q 21-24)
・PRPH2/RDS遺伝子・・・ペリフェリン遺伝子(視細胞外節の構造タンパク.RDS;retinal degeneration slow ).多様な臨床像.卵黄様黄斑変性,パターンジストロフィも関与.6番染色体短腕(6p21.2-p12.3)
・PRPF31遺伝子(核内低分子リボヌクレオ
・SNRNP200遺伝子(核内低分子リボヌクレオ
・GUCA1B遺伝子(グアニル酸シクラーゼ活性化
・ROMⅠ遺伝子(rod outer segment membrane protein Ⅰ) ・・・(11q 13,外節構造維持.
・FSCN2遺伝子・・・ファスチン(ファシン抗体);視細胞の構造タンパク.本邦に比較的特長的.
17番番染色体長腕(17q 25):
常染色体劣性遺伝
・EYS遺伝子(eyes shut protein:本邦で最も多い原因遺伝子
・USH2A遺伝子(アッシャリン
・CNGA1(cGMP依存性陽イオンチャネル
・RP1L1遺伝子
・PDE6B遺伝子(cGMPホスホジエステラーゼβ) ・・・定在夜盲にも関連 ・・・
・CRB1遺伝子
・アレスチン遺伝子 ・・・2番染色体長腕(2q 37):日本人小口病の原因遺伝子変異でもある
(ロドプシン再生に関与.SAG(S-antigen )とも言っている
・PDE6A遺伝子(cGMPホスホジエステラーゼα) ・・・(5q 31.2-34,光トランスダクション ・・・
X連鎖性遺伝
・RPGR遺伝子(retinitis pigmentosa GTPase regulator) ・・・(Xp21,光トランスダクション
・RP2
*そのほか
・TIMP3遺伝子(tissue inhibitor of metalloprotainase-3) ・・・(22q 13-qter
全身発現遺伝子群
【 ✋
細胞小器官 】
なぜ網膜視細胞傷害に作用するのか ? 繊毛細胞機能不全 ciliary dysfunction ?
ミトコンドリア病
病理学的には網膜色素上皮を傷害し,いわゆる salt and pepper型の所見となり,後極から進行する.これにより夜盲は軽度にとどまりやすい.
同じ遺伝子座の異常でも表現型が異なり,異なる遺伝子異常でも同じ表現型になるのが遺伝性網膜変性疾患の特性である.本症を発症させる遺伝子は,すべての染色体のどこかに見つかっている.たとえば
最新・詳細はRetNet (外部リンク)
現在,有効な治療はない.従って,
診察・検査によって得られた情報から,①網膜色素変性とはどのような病気なのか,②現在の視機能,特に視野障害の程度について,患者に伝えることになる.さらに③今後の進行を予測し,その時期に応じたアドバイス,補助具などの
ロービジョンケア(引用:日本の眼科 2006)を行い,残された視機能を最大限活用する環境を考えることになる.
近年,脈絡膜循環改善作用のある緑内障治療用の点眼薬が有望視され,また神経栄養因子硝子体内注入の実用化も期待されている.
将来的には,人工網膜の移植や色素上皮・神経網膜の再生(ひとつは正常遺伝子の導入,ひとつはiPS細胞の応用)などの研究も期待される分野である.
◆失明 blindness
視力喪失は,日常生活・社会生活・学校教育などに大きな制限を受けることはいうまでもない.その程度によって失明という意味が,全盲あるいはそれに準ずる状態=医学的な意味合いであったり,失職=社会的な意味合いであったりする.
眼底疾患はほとんど全てが,ある程度以上に中心視力の損失をもたらす.現在,失明原因となっている疾患には,緑内障,糖尿病網膜症,網膜色素変性があるが,これらは最終的に視野を失い全盲となりうる疾患である.続くのは加齢黄斑変性であるが,この疾患は中心視力の喪失を招くものの,僅かな例外を除けば周辺視野は保存され得るものである.この点で医学的失明にはあたらないが,仕事を続ける点で大きなハンディとなりうる.社会的な失明と言えるような疾患である.
◆指定難病 90 (難病情報センター http://www.nanbyou.or.jp/entry/337).
網膜色素変性の認定基準
①夜盲,② 視野狭窄,③ 視力低下,④羞明(または昼盲)
(1) 眼底所見
網膜血管狭小,粗造な網膜色調,骨小体様色素沈着,多発する白点,視神経萎縮,黄斑変性
(2) 網膜電図の異常(減弱型,陰性型,消失型)
(3) 眼底自発蛍光所見で網膜色素上皮萎縮による過蛍光または低蛍光
(4) 光干渉断層計で中心窩におけるエリプソイドゾーン(IS/OS)の異常(不連続または消失)
① 進行性の病変である.
② 自覚症状で,上記のいずれか1つ以上がみられる.
③ 眼底所見で,上記のいずれか2つ以上がみられる.
④ 網膜電図で,上記の所見がみられる.
⑤炎症性または続発性でない.
上記,①~⑤のすべてを満たすものを,指定難病としての網膜色素変性と診断する.
重症度分類のⅡ,Ⅲ,Ⅳ度の者を対象とする.
Ⅰ度:矯正視力0.7以上,かつ視野狭窄なし
Ⅱ度:矯正視力0.7以上,視野狭窄あり
Ⅲ度:矯正視力0.7未満,0.2以上
Ⅳ度:矯正視力0.2未満
注1:矯正視力,視野ともに,良好な方の眼の測定値を用いる.
注2:視野狭窄ありとは,中心の残存視野がGoldmann I-4視標で20度以内とする.
◆最終的には, 視覚障害への対応 が求められる.
2025